電撃離婚「ディーン・フジオカ」の元妻は「大富豪令嬢のインドネシア人」「愛称はジャカルタの虎」に世間が仰天
俳優で歌手のディーン・フジオカ(45)が10月18日、自身のファンクラブサイトで離婚を発表した。その経緯については「長い時間をかけて話し合いを重ね、お互いの価値観や将来への考え方の違いを理解し、尊重し合った結果、それぞれの道を歩むことが最善だと考えました」と経説明し、「これまでの結婚生活の中で、妻は家族に惜しみない愛情を注ぎ、私自身の活動も支え続けてくれました」と感謝の言葉をつづった。
【写真】とんでもない美形! デビュー時のディーンはこちら
ディーンといえば、SNSに家族との写真を投稿することもあり、愛妻家イメージが強かったことから、「まさかディーンが離婚するとは」「あんなに家族を大切にしていたのに」と驚きの声が多く上がった。一方で、誠実な離婚報告には「相手を責めず感謝で締めるのがすてき」といった声も聞かれる。
福島県出身のディーンは高校卒業後、米シアトルに留学し、香港でモデル活動を開始。2005年、映画「八月の物語」で俳優デビューし、台湾で人気を集めた。転機となったのは15年で、NHK連続テレビ小説「あさが来た」で五代友厚を演じ、“五代さま”ブームを巻き起こした。以後、「空飛ぶタイヤ」「パリピ孔明 THE MOVIE」などに出演し、俳優・ミュージシャンとして人気を不動のものにした。直近では10月21日スタートのドラマ「ちょっとだけエスパー」(テレビ朝日系)にも出演する。
「ディーンが結婚を発表したのはブレーク前の12年でした。お相手はオーストラリアで教育を受けた中国系インドネシア人女性で、インドネシアの華僑名家の出身だといいます。一族はホテル経営や音楽関連事業を手がける大富豪で、天皇皇后両陛下が23年に令和初の国際親善としてインドネシアを訪問された際に宿泊されたジョグジャカルタの高級ホテル『ホテル テントレム』も、彼女の一族の経営によるものだと報じられています。そのホテルの廊下には、ディーンの直筆サイン入りポートレートが飾られ、ファンの“聖地”になっているそうです」(スポーツ紙記者)
■「とんでもないイケメンが世に放たれた」
朝ドラ出演時には、既婚者であることに視聴者の女性が落胆したと言われるほどだったが、ディーン自身は妻とのなれそめや、プライベートについてインタビューで隠すことなく答えている。
16年の「しゃべくり007」(日本テレビ系)では、妻がストリートチルドレンに手を差し伸べる姿に感銘を受けたと明かし、「人に対して救いの手を差し伸べることができる女性」と評しているほか、同年の「ぴったんこカン・カン」(TBS系)でも、同局の安住紳一郎アナに妻の性格を聞かれ、「ジャカルタの虎って感じですかね」「厳しいときは厳しいですね」と紹介しつつ、「愛にあふれ、困っている人がいると放っておけないタイプ」だと称賛していた。芸能記者はディーンの夫婦関係についてこう話す。
「14年に双子、17年に第3子が誕生していますが、長い別居生活を続けていくうちに、互いの拠点や子どもの教育環境といった現実的な問題が浮上し、婚姻関係を維持すのが難しくなっていったようです。芸能人が“糟糠の妻”と離婚する際には、『捨てたのではないか』という臆測からバッシングされることもありますが、元妻がインドネシア人で大富豪一族だったことに世間は仰天こそすれ、ディーンへの反発はほとんど聞かれませんでしたね」
気になるのは、今後の芸能活動への影響だが、テレビ関係者はこう分析する。
「ディーンはこれまで“理想の夫・父”というイメージが強く、家庭用品や生命保険のCMなどに多く起用されてきました。俳優としてもドラマ『正直不動産』では妻子が亡くなったことを引きずりながら生きる営業マンを、『対岸の家事~これが、私の生きる道!~』では育休中のエリート官僚を演じていました。今回の離婚で、そうした“家族愛”を軸にした仕事は減っていくことはありそうです。ただ、離婚でイメージを悪化させる芸能人もいる中で、ディーンの離婚報告は非常に誠実で、相手を立てる内容でした。感情的にならず、感謝で締めくくる姿勢を見せたことでダメージも最小限に抑えられた印象です。一部からは『とんでもないイケメンが世に放たれた』との声も聞かれるとおり、女性ファンはますます増えていきそうですし、役柄の幅も広がっていくのではないでしょうか」
家族への敬意と感謝を忘れず、自らの言葉で「区切り」を告げたディーン。人生の第二章はどんな幕開けとなるのか楽しみだ。
(泉康一)