目が見えなくても、自分でメイクをして心を明るくしてほしい――。北九州市の北條みすづさん(31)は、そんな思いで、視覚障害のある人たちにメイクを教えている。自身も弱視で、当事者ならではの工夫を凝らした方法をメイクのプロと一緒に考案。誰もがやりやすい方法として書籍化を目指しており、「自分でできると自信になる。新しいことに挑戦するきっかけになればうれしい」と話している。(饒波あゆみ)
「左手の指を下まぶたにあて、マスカラブラシをのせます」
オンラインで2月に行った講座。北條さんがマスカラの塗り方を説明し、「フラワーメイクアカデミー」代表の江口美和子さん(55)(福岡市)がサポート役として参加した。
北條さんは、マスカラを塗ろうとするとブラシが目に入りそうになったり、余計な場所についたりしてきた。そこで、江口さんと考案したのがこの方法だ。ブラシを固定でき、目を閉じるとまつ毛がブラシに当たるので、塗りやすいという。
受講した弱視の坂本麻琴さん(42)(茨城県)は指導に沿って挑戦。江口さんから「上手にできている」と声をかけられると、「ちゃんと塗れる日が来るなんて」と喜んだ。
北條さんは網膜芽細胞腫という小児がんの影響で、生後3か月で左目を摘出した。右目は視界が白く濁って見え、ものの形や色がぼんやりと分かる程度だが、子どもの頃から、おしゃれ好きの祖母と一緒に服を買いに行くのが好きだった。触れてデザインをイメージし、選んだ服を褒められると心が弾んだ。
メイクにも興味を持ち、目の見える友人に教わるなどして自分でやってみたが、ファンデーションを塗りすぎて「のっぺらぼうみたい」と言われたことも。拡大鏡で確認しながら練習を重ねた。「『似合う』『いいね』と言われると、自信や幸福感を得られた。私にとっては、メイクは意欲を上げてくれるツール」と話す。
さらなる上達を目指して、2019年に江口さんの講座を受講したことが転機となった。上手にできるようになると、さらに「同じ境遇の人にも教えたい」との思いが募り、1年ほどかけて技術や指導法も学んだ。
江口さんは「身につけたスキルを生かして、北條さんが活躍できる場を作りたい」と、視覚障害者向けのメイク術や伝え方を模索。着目したのが、多くの視覚障害者が持つはり・きゅうの知識だ。
例えば、下地クリームを塗る場所を示す際に、つぼの位置で示すことで、より理解しやすくなるという。「『 四白 しはく 』(目の下にある骨から指1本ほど下)から『太陽』(こめかみ付近のくぼみ)に向かって」といった具合だ。
2人で考えたこうした手法は、視覚障害を意味する「ブラインド」と「パリジェンヌのように自分を磨く」との思いを込めて、「フラワーメイクブラインジェンヌ」と名付けた。
昨年1月から対面やオンラインで講座を実施してきたが、より多くの人に伝えようと、手法をまとめた本の出版を企画。5月にも制作費を募るクラウドファンディングを始める。
視覚障害に限らず、高齢者やメイクが苦手な人たちにも、広く使ってもらいたいと考えている。本のタイトルには「誰でもできる」を盛り込むつもりだ。
北條さんは「少しの工夫でできることはある。メイクで気分を上げて、社会に出たり趣味のサークルに入ったりと、世界を広げてほしい」と願っている。
医療・介護現場で活用
メイクは、前向きな気持ちになったり、自分に自信を持てたりするとして、医療や介護の現場でも取り入れられている。
資生堂は約10年前から、高齢者施設などで美容教室を開いている。同社などの研究によると、化粧をすると外出したくなる、人と交流したくなるなど、社会活動が活発になるという。
触覚や視覚、嗅覚が刺激され、脳の活性化も期待できるといい、担当者は「メイクは年齢や障害の有無にかかわらず、心身を健康に保つ力があり、QOL(生活の質)向上につながる」としている。